平成13年(ワ)第1392

原 告  株式会社エヌ・ティ・ティ・データ

被 告  Y

 

準備書面(1

 

平成13619

 

東京地方裁判所八王子支部民事第3部 御中

 

 

第1 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金9,420,570円及びこれに対する平成121130日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

 

第2 請求の原因

1 当事者について

1) 原告は、システムインテグレーション、ネットワークシステムサービス等を主な事業とする株式会社である。

2) 被告は、昭和634月に日本電信電話株式会社に入社し、同年5月の原告の設立に伴い、同年7月に原告に転籍した。そして、被告は、平成12831日に自己都合により原告を退職した。

2 海外研修制度と研修費用返還の合意

1) 原告には、海外の大学や大学院等での研修を希望する社員に、研修費用等を援助するという研修制度があり、被告は、平成710月に、平成9年度の海外研修長期コースに応募し、海外研修を認められた(以下、「本件海外研修」という。甲1)。

2) 本件海外研修は、その帰国後、海外研修の成果を原告の業務に生かすことが期待されている面があるものの、あくまで本人の自発的希望に基づくもので、研修期間中は原告の業務に従事することは一切なく、研修先、研修内容の選定も、全て研修を希望する者が決定できることになっている。

3) しかも、海外研修期間中も、海外勤務者に準じて給与が支給されるなど、極めて優遇された制度であるが、原告が援助した費用の一部については、研修生が帰国後5年以内に退職した場合等には、これを返還することとなっており、原告と被告は、海外研修に先立つ平成9523日に、この旨の合意をし(以下、本件合意という。甲2)、被告は同月26日に海外研修先であるアメリカ合衆国に向かったものである。

4) そして、被告は平成116月末日に海外研修を終え帰国したのであるが、前述のとおり、平成12831日に原告を退職したものである。

       そこで、本件合意に基づき、原告は被告の退職意思が確認された後、被告に対し、原告が支払った研修費用合計9,420,570円(以下「本件研修費用」という)の返還を求めたのであるが、被告は円建てではなく、ドル建てで計算すべきと主張して結局返還に応じなかった(甲3)。このため、原告は平成12825日に同年1130日までに支払うようにとの請求(甲4)を行い、また平成121219日にも返還請求を行った(甲51)。そして、その際には、支払方法については相談に応じる旨の提案も行ったのであるが(甲52)、被告が応じないため、やむなく原告は支払督促を申し立てた。

       しかるに、被告は本件研修費用の返還請求が、「労基法16条に違反しており、合意書は無効である」と主張し、督促につき異議を申し立てたため、本訴に至ったものである。

5) 以下、本件海外研修の内容、本件海外研修に至る経緯等について述べ、本件合意が労基法16条に違反せず、有効であることについて述べる。

3 本件海外研修に至る経緯等

1) グラジュエードコースの内容等

       本件海外研修で被告が希望したコースは、グラジュエートコースであるが、このコースは、大学院等での研修による経営学、法学等(MBALLM等)の修得を目的とする1年から2年程度の長期間の研修コースである。

2) 研修生の決定方法

       本件海外研修は、いわゆる業務研修ではなく、社員の自由意思による応募を募り、語学力等を勘案して研修生を決定するものである(甲1)。そして、被告は、平成710月に、平成9年度のグラジュエートコース研修生に応募し、平成83月に研修生に選出された。

       ちなみに、本件海外研修には、29名もの者が応募したが(1次選考欠席者1名を含む)、最終的に研修者に選出されたのは、被告を含む2名であり、被告は海外研修を希望する多くの希望者の中から選出されたのである。

3) 研修先・研修計画・研修費用の決定

       研修先や研修計画は全て研修生の自由意思に委ねられており、原告が研修生に業務命令として研修を命ずることはない。現に被告は、10数校以上の大学院等に出願し、自らロチェスター大学への進学を決定したのである(甲61ないし5)。

       また、研修にかかる費用なども原告には不明のため、研修生自らが立案した研修計画・研修費用の概算等を報告し、研修に行くことの伺いを立てるのである(甲7)。

4) 海外研修の準備

       前述のとおり、平成83月に研修生に選出された被告は、通常業務のかたわら自ら海外留学の準備を進め、また原告においては被告の通常業務の負担を軽減するため平成92月に、被告を技術開発本部から人材開発部へ異動させ留学準備のための援助を行った。

       また、原告は、この間の被告のTOEFLGMATの受験料、留学準備に関するイフ外語学院への相談委託料、各大学院等(原告の報告書によれば10数校へ出願している)への出願手数料等を支払っている。

5) 本件海外研修の内容

       平成9526日に、被告は渡米し、本人の希望により同年527日からコロンビア大学の語学学校に、同年84日から910日まではUCLAのサマースクールに進学した。

       そして、同年912日から平成11613日まではロチェスター大学サイモンビジネススクールに在学し、同校で経営学修士(MBA)を取得し、同月末に日本に帰国した。

       被告が研修先で自ら選択し履修した科目は、財務会計・経済学・経営学・税法等の科目である。

       この間、平成1076日から96日までは、通常の海外研修生は希望しないフィンランドの交換留学にも応募し、ヘルシンキ経済経営大学への留学をしており、原告はこの被告の希望による交換留学費用も被告の請求に応じて支払っている。

       この交換留学費用については、授業料・教科書代を除き、返還の対象とはしていない。

6) 帰国後の配属から退職まで

       帰国後の平成1178日に、被告は、原告の経営企画部のアウトソーシング推進室に配属されたが、平成12831日付で自己都合により原告を退職し、いわゆる外資系企業であるゼネラル・エレクトリック・インターナショナル・インク(以下「GEキャピタル社」という。)にE一ストラテジーディレクターとして就職した。

       アウトソーシング推進室への配属は、被告の希望を勘案したものであるが、同推進室の業務は、各企業が企業独自に処理しているコンピューターのシステムを原告が一括して受注するというアウトソーシング(外注化)事業を推進することを主たる業務とする部署であり、被告が海外留学中に履修した科目と直接の関連を有するものではない。

       一方、被告が再就職したGEキャピタル社は、投資信託等の金融サービス事業に注力する企業であり、被告は本件海外研修で習得した知識・経験を活かし転職を図ったのである。

7) 原告が本件海外研修等に援助した費用等

       本件海外研修に関し、原告が被告のために援助した費用は総額28,681,985円にものぼるものであり(甲8)、本件合意に基づき、被告に返還を求めている本件研修費用は、返還合意に基づく入学金・授業料及び教材費(履修する科目の教科書代)等の実費のみなのである(甲8)。

4 本件合意は労基法16条に違反しないこと

1) 被告は、本件合意が労基法16条に違反すると主張するのであるが、いわゆる研修費用の返還については、「その費用の計算が合理的な実費であって使用者側の立替金と解され、かっ、短期間の就労であって、全体としてみて労働者に対し雇用関係の継続を不当に強要するおそれがないと認められるときは、労働基準法第16条の定める違約金又は損害賠償額の予定とはいえない」(藤野金属工業事件 大阪高判 昭43.2.28判例時報51785頁)とされている。

       ちなみに、原告における海外研修制度を利用した者は、現在まで被告を含めて28名いるが、5年以内に退職した者は、被告以外には5名おり、全て研修費用の返還に応じており、海外研修制度が労働者の退職の自由を妨げるものでないことは明らかである(甲9)。

2) また、近時の裁判例においても、「本件留学制度は原告の人材育成施策の1つではあるが、その目的は前記認定のとおり、大所高所から人材を育成しようというものであって、留学生への応募は社員の自由意思によるもので業務命令に基づくものではなく、留学先大学院や学部の選択も本人の自由意思に任せられており、留学経験や留学先大学院での学位取得は、留学社員の担当業務に直接役立つというわけではない一方、被告ら留学社員にとっては原告で勤務するか否かにかかわらず、有益な経験、資格となる。従って、本件留学制度による留学を業務と見ることはできず、その留学費用を原告が負担するか被告が負担するかについては、労働契約とは別に、当事者間の約定によって定めることができるものというべきである。」(長谷エコーポレーション事件 東京地判 平9.5.26労働判例71714頁)とされているところである。

3) そして、本件研修費用の返還請求は、上記に述べてきたとおり、@本件海外研修が研修生の決定方法、研修先・研修計画・研修費用等の決定、いずれにおいても研修生の希望に基づくもので業務命令によるものではなく、A研修期間中においても一切原告の業務に従事することはなく、B本件海外研修前後の配属部署においても、本件海外研修をすることが業務上必要とされるような業務に従事していたものではなく、C返還を求める費用も研修費用として実際に立て替えた実費であり、Dしかも、その一部であって、Eまた、上記のとおり、返還によって退職の自由を妨げるものではなく、Fしかも、原告は支払の方法には相談に応じるとまで提案しており、何ら不当・無効とされるべきものではないのである。

       むしろ、被告は、海外研修を希望する多くの者が選出されない中、原告の極めて多額の負担において自己の能力・経験を高めることによって、転職をはたしたというべきであり、原告の与えた利益を一方的に享受しているといえるのである。

4) さらに、被告は渡米前の約3ヵ月間は、海外留学の準備のために、海外研修を所管する人材開発部第一研修担当に配属されており、本件海外研修制度及び研修費用の返還義務のことについては熟知していたものであって、このような状況で、本件合意を無効と主張することは信義誠実の原則に違反するというべきであって、被告の主張は全く認められないものである。

5) なお、本件事件が「違約金請求事件」と表示されている点について、念のために述べておくと、同表示は、原告において付記したものではなく、また支払督促事件における「損害金請求事件」との表示も、東京簡裁に相談の結果、指示されたものであり(その後、管轄は武蔵野簡裁といわれ、同簡裁に申し立てた)、原告において付記した名称ではない。本件事件名を表示するとすれば、「研修費用返還請求事件」もしくは「立替金返還請求事件」とすべきであろう。

6) 以上、原告は、被告に、本件合意に基づき、原告が支払った研修費用9,420,570円及びこれに対する平成121130日より支払い済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。

 

以 上